「ブス!」とか「ブサイク!」とか当然悪口だから本人に言うのは良くないのはもちろん、「美人ですね」とか「スタイルいいね」とか、とにかく外見に直接本人についてあれこれ言うのやめない?褒めてるからOKとかじゃなくて。
「男みたい」と言われ続けた小学校時代
まぁこれは普通に悪口として受け止めてたよね。
そう言われ続けた理由は、ずっと学年で1、2を争う背の高さだったから。
小学校を卒業する時点で私より背が高かった人は、同学年の約80人中2人ぐらいしかいなかった。
小学生の間なんかまだ成長期真っ只中なので、背が伸びて誰か男の子を追い抜こうもんなら「女のくせにでけーwwww」、スカート履いたら「似合わねーwwww」とかまぁそれに付随するような悪口も言われるわけよ。
また、今は知らないけど、当時の大人は背の高さで子供に差をつける節があって、同じ年齢なのに背が低い子よりも若干年上のような扱いを幾度となく受けた。
物の優先順位も「大きいんだから(身長的な意味で)」「お姉さんなんだから(?)」ということで背が低い子に譲らされた。もう一度言う、同じ年齢同士でこの扱い。
これに関しては、背が低い子も「小さいからかわいそう」という理不尽な扱いを度々受けていたのを見たことがあったので、そっちはそっちで苦労があったと思う。まぁそれをうまく使って大人の同情を買いまくるしたたかな子もいたけども。
当時はとにかく「これ以上、背伸びてくれるな…!」ということだけを必死に祈ってた。やっぱり割と理不尽な目に遭うと子供ながらに傷つくんだよね。
激やせの高校時代
まぁなんやかんやで高校生になったものの、ちょいと病んでしまって激やせしてしまった。
身長168cmで体重40kgとかだったので、ほんと見た目にガリガリよ。顔色も悪いし。
なのに、なぜか容姿を褒められることが増えた。
「細ーい」「モデルさんみたーい」「足長いねー」などなど。
当時は「花の女子高生(もはや表現が昭和)」で病んでて頭も割とパッパラパーだったので、特に何も考えてなかった。というか、言ってくる方も同級生とかでまだ子供だったので、みんな特に何も考えてなかったと思う。
蛇足だけど、親にはずっと「足が太い」と言われ続けていて、この頃はまだ影響力が「親の発言>その他大勢の発言」+病気という複雑な状況だったので、当時は何かと混乱してただけかもしれない。これはこれでもうサラっと流そう…
大人になって違和感を覚え始める
行く先々で割と頻繁に「背高いね」は言われる。小学校の頃からこれは変わらない。しょうがないよね。実際、日本の女性にしては背が高い方なんだもん。
で、これなんて返すのが正解?
私はずっと縮こまって「はぁ…(苦笑)」とか「すいません…」って返してた。理由は子供の頃から背が高いせいで悪口を言われてきた経験があるから。正直、「背が高くてすいません」としか思えない。
すると、決まって「えーなんで?いいじゃん背が高い方がカッコよくて―」というようなことを返される。
私にとって「背が高い」ということは間違いなく長所ではなかった。でも、大人になってから「背が高いね」と言ってくる人の多くは「それはあなたの長所」とばかりに言ってくる。
これ、素直に喜べない私が悪いの?
もちろん、本当に心の底から褒めるつもりで「背高いね」と言ってきた人を悪く言うつもりはない。だって私の子供の頃の事情なんか知りようがないんだもん。
ただ、私自身は「その人の努力でどうも出来ない見た目」のことを直接本人に言うことに抵抗がある。
もし私にその抵抗がなかったら、私はとっくに「背低いね」「太ってるね」と人に言いまくっているだろう。でも、それをしないのは、世間一般的に「背が低いこと」「太ってること」を短所として気にしてる人が多く、彼らにとってそれらは「悪口」である、という認識があることを知ってるから。
でも、なんでその逆は無いと思ってるのかな?
私は「背が高いこと」「やせていること」が短所だと気にして30年以上生きてるんだよ。「背が高いね」「細いね」は私にとって「悪口」なんだよ。
いいことなんだから気にするなって?それじゃあ背が低くても太ってても気にしないでね。あなたが「背が高い、やせてることはいいことだ」と思ってることと同様に、私にとって背が低い、太ってることはいいことなんだから。
言ってる方は褒めようとしてる、気分良くさせようとしてるんだから、素直に「ありがとうございます」って言えないのかって?じゃあ自分が気にしていることを言われても笑顔でお礼言ってね。そういうことでしょ。
そういう不快感を、一般論から外れた方だけが耐えなければならなかったり、誤解を招くリスクを背負ってでも各自の感覚の行き違いを説明するぐらいなら、誰も本人に向かって本人の容姿について言及しなければいいんじゃないの?
各々見た目に基づいたキャラを演じる必要はない
見た目の感想を遠慮なく本人に言う習慣があることと、同調圧力の相性の悪さは半端ない。
人間関係や自己肯定感に悪い影響しか与えないっしょこれ。誰も幸せにならなくない?
周りが期待するキャラに乗っからないと「空気が読めない」「期待外れ」「残念キャラ」扱いされるのが大変不愉快なんだよね。勝手に期待しといてなんなの?
私が一番よく期待されるのが、スポーツに長けていると思われること。
この身長でバスケ部やバレー部じゃなかったら「もったいない」らしいですよ。意味わからん。お前に何がわかる、としか言えない。バスケやバレーを真剣に頑張ってる人にも失礼でしょその発想。身長さえあればバスケやバレーは出来るって言ってるように聞こえる。
また、太ってる人が自ら「デブだからすぐお腹すく」とか言ったりするけど、「デブだから」はいらない。すぐお腹がすくかどうかはその人の体質や代謝によるでしょ。
身長、体型以外では、メガネとかも同じような扱いになることが多いんじゃないかな。子供の頃、「秀才」か「のび太」キャラに割り振られてたメガネの子、私の周りには結構いた。
子供のうちからもう「見た目に関することをネタにするのは失礼」って教えておきたいけど、芸人さんとかが今の感じから変わらない限り無理だろうな…
結局、ただの身長、体型コンプじゃんwwwww
そうだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
だから軽々しく口にするなっつってんの!
単純に、本人が気にしてることをストレートに言うことは失礼って風潮はあるのに、なんで見た目のことになるとそれが適用されなくなるパターンが生まれるの?
身長が低い(ことを気にしてるかもしれない)人にわざわざ「低いね」と言うことは失礼、身長が高い (ことを気にしてるかもしれない) 人にわざわざ「高いね」ということは失礼。だからお互い言わない。それでいいじゃん。
対義語が存在するパターンはどちらか一方ではなく、両方同じように適用してよ。
自分が無い物ねだりなら、相手だって無い物ねだりなんだよ。そこまで想像しようよ。
地味にめんどくさいのが容姿に対する「お世辞」
自分の容姿が影響する職業の人以外で、これ誰が喜んでんの?
能力に対するお世辞ならまだわかる。ほめて伸ばそうとしてくれてるのかもしれないし、嫌味なのかもしれない。どちらにしても、その延長線上にある結果は言われた方の意志や努力で変えられる。
問題は、完全に容姿のみのお世辞。「美人ですね」「スタイルいいですね」、これマジでなんなの?なんで面と向かって言ってくるの?なんて返してほしいの?
人を試してる、もしくは対応力を計ってるだけでしょ?単純に気分悪い。
否定すれば「謙遜」、本当は自分でもそう思ってるくせに。肯定すれば「自信過剰」、お世辞に決まってんだろ。それとなく流せば「言われ慣れてる」さらっと流しやがって面白くないヤツ。
要するに、回答はなんであれ、お世辞を言った側が満足出来る落としどころが見つかればOKなんでしょこのイベント。
相手からこんなイベントをふっかけられて、自分が傷ついてまで強制的に相手を気分よくさせなきゃいけないことに付き合わされるって本当にしんどい。
これを読んで「なんだコイツ、いちいち真面目に受け取って。歪んでんな…」って思った人もいるかもしれない。
ええ、おかげ様でしっかり歪みましたよ。ありがとうございます。
この人は100%心の底から褒めようとして言ってくれてるから「ありがとうございます」でOK、この人はお世辞として言ってるので「そんなことないですよ~」って言わないとダメ、ってこれまで1回も間違えることなく判断する能力があったらこんな歪んでなかったわ。
そういえば、「背高くてカッコいいね、ほら、私は低いから。」と言って来た人に、一度だけうっかり「背が低い方がいいじゃないですか」って言ってしまったことがあるんだけど、やっぱり「ムッ」とされたよ。
めんどくさい。ほんとにめんどくさい。
「そんなことないですよ」って言ってほしかったのかな。どう見ても自分より背が高い人に「あなたは背が低いわけではない」と言われる方がよっぽど感じ悪くない?
だからと言って、「背高いね」と言われた時点で私が素直に「ムッ」としたら、「なんで機嫌悪くなってんだコイツ」ってなるでしょ?どっちに転んでも茨の道。
ハラスメントにも片足突っ込んでるパターンが最悪
特に年配世代に多い。もう基準が違うんだろうからまぁわからんでもないけど。今の時代の一般論で考えるとデリカシーの無い人が多い世代なのは間違いない。昔は彼らの基準の方が一般論だったんだろうけどね。
とはいえ、なぜ赤の他人の異性に上から下までじろじろ見られながら「あなたは美人でスタイルがいいから、結婚して子供を作れ。歳はいくつだ?今からでも遅くない。」と言われなければならないのか。
なぜ「そうしない事情がある」と思い至る前に口に出してしまうんだろう。
私は赤の他人にまで「個人的な事情、経験、信条」を事細かに話さなければならないのだろうか。
無責任なポジションから私の人生に関わる事に口を出すな!!
というか、偉そうに言うてるお前は誰やねんんんんんん!!!!
こんな話をしたら、即座に疑問を持ってくれた友人
こんだけ噛みついた直後に言いづらいけど、私自身も長年「身長だけはこんなに伸びたくせに体は弱いんですよー」と自分の容姿に関して自虐的な言い方をするクセがついてしまっていた。
ところが、数年前から仲良くなった友人と、まだ付き合いが浅かった頃にそんな話をしたら、「いや、身長と病弱は関係ないよ」と諭されたんだよね。
また、私が自分の見た目についてサゲるようなことを言うと、必ず「わざわざ自分で否定的に言う必要はない」って言ってくれた。
大げさに聞こえるかもしれないけど、これまでの「見た目関連」の嫌な思い出アレコレが浄化されるような気分よマジで。
だんだんそういう言い方もしなくなってきたし、その友人は今でも私の見た目について言及してきたことはない。もちろん私も友人の見た目について言及しない。
あのね、すごくラク。こういう人付き合いは本当にラク。腹の探り合いしなくていいってラク。
やっぱり見た目についてどう思うかを本人に伝える必要なんて全くないと思う。
本人に直接言わないのであればまだわかる
そりゃ1人の人間を見て、その見た目をどう思うか考えることは自由だからね。
本人に直接言わないのなら、たとえ陰口でも本人さえ気づかなければ直接のダメージはない。
それはそれでちょっと歪んだ環境ではあるかもしれないけど、本人に直接言うよりは、隠しきってくれた方がまだ幸せってもんよ。
見た目を褒める場合だって、本人のいないところで内々に話題にされる分にはまだいい。
極端なこと言うと、「ジャニーズの誰々ってカッコいいよね~」ってファン同士で盛り上がってるのと状況的には大差ないもんね。
ちょうど本人が通りかかったところで「ちょうど(本人)さんがカッコいいって話してたんですよ~」とか本人に言っちゃったら台無しだけど。
「見た目」問題、今後は少しずつ変わってくるだろうね
Twitterで世の中に物申すツイートが度々バズるけど、知らない人に見た目をディスられたとか、たとえ身内でも、どうしてそんなことを言われなければならないのか、というような内容が結構多いよね。
世代が変わっていくにつれて、だんだん「見た目について直接本人に言うことは失礼」ということが一般的になっていくと思う。
何度も言うけど、「褒めてるからOK」は話がかみ合ってないからね。「褒めてる」のはそれを言ってる側の気分を説明してるだけであって、必ずしも「相手の容姿を褒める=相手は褒められて気分がいい」にはならないから。
個人的には「とりあえず会話のとっかかりで相手の見た目を褒めておけ」、「相手に良く思ってもらうのに手っ取り早く容姿を褒める」という短絡的発想丸出しの負の習慣を私たちの世代で止めたい。
若い世代に同じ思いをさせたくないんだ。「そういう面倒なやり取りも社会人になったら笑顔でやらなきゃいけないんだよ~」とか言い出す大人には「ほんとに止めろオイ!」と言いたい。
面倒ってわかってんなら、下の世代には「無理に乗る必要はない」「不快だと感じたことを押し殺さしなくていい」って伝えていこうよ。そして、「私は君たちにそういうことはしない」ということを若い世代に示そう。
みんなが無理してその負の習慣に乗っかってきた結果が今の状況だよ。みんなでつらい思いするのやめよう。